平衡統計力学は大自由度のミクロな構成要素のマクロな振る舞いを明らかにする一つの処方箋である.ミクロな要素の間に働く相互作用が確率的に与えられている問題を考えてみる.
例えば,スピングラスと呼ばれる系はその典型で,スピン間の相互作用が強磁性的な相互作用と反強磁性的な相互作用がランダムに決まると考える.統計力学ではスピンを確率変数と考えるが,そのスピン間の相互作用をさらに確率変数とする.二種類の確率変数が存在するが,それらは同等ではない.あくまでも相互作用が与えられた元で,スピンがその相互作用に従う.このような統計力学系をランダム系の統計力学と呼ばれる.
元々のスピングラスの問題では,ランダムな相互作用が示す豊かな相の性質が議論されてきた.一般には波数で表されるきれいな秩序は存在せず,何かぐちゃぐちゃな「秩序」が相転移として存在する.多くの場合は時間的に凍結する状態であることからスピンの「ガラス」と名付けられた.しかし,不思議である.平衡統計力学では「時間」の概念が消えてしまっているはずである.理論的には,その相転移はレプリカ対称性の破れとして特徴づけられる.平均場理論はほぼ出来上がっていて,自由エネルギーの多谷構造の出現など面白い性質が明らかになっている.さらに,その相転移は構造ガラスのような遅い緩和現象を示すこともわかっている.平均場理論の多くの予言が,現実の世界で本当に実現しているかは現在でもわかっていない.スピングラスと構造ガラスの相違点も議論が深まっているが,決定的なことはわかっていないと思われる.
ランダムな相互作用の示す性質とは,よく考えてみるとよくわからない.何かランダムな相互作用の典型的な性質を議論するとなると意味は少しはわかる.ランダム系の統計力学の対象はその典型的な性質である.スピングラスの理論が開いた世界は,単にランダムな相互作用の示す性質を明らかにすることだけではなくて,「典型的な性質」の解析方法を与えたことにある.結果として,ランダムなルールの示す最適化問題の難しさの問題や,ランダムなノイズの元での情報圧縮の問題など多くの問題が対象となる.
さらに,二重の確率モデルの構造は,生物進化の問題や統計的学習理論など,まだまだ新しい世界への展開も期待される.こんな問題も統計力学の対象になるのか?と驚くような研究をぜひみなさんと開拓してみたい.