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高橋惇さんのセミナー@駒場

5月 23日 @ 13:15 - 14:15

日時:2025年5月23日(金) 13:15-14:15
場所:駒場Iキャンパス 16号館827
講演者:高橋 惇 氏(物性研)
題目:量子モンテカルロ法によるHeisenberg模型の基底状態計算における多項式時間緩和の部分的証明
要旨:
計算物理の文脈では、負符号の出ないタイプの反強磁性(AFM)Heisenberg模型は慣例的に “unfrustrated” と呼ばれ、量子モンテカルロ法(QMC)によって大規模な系の基底状態を効率的にシミュレーションできることが経験的に知られている[1]。しかし、この事実の数学的証明は存在せず、計算機科学においても未解決問題として明示的に挙げられている[2](具体的には二部グラフ上のAFMHeisenberg模型における基底エネルギー計算の計算複雑性)。一般のAFMHeisenberg模型における基底状態計算はQMA完全(NP完全の量子版)であるため、unfrustrated系に限った場合の困難性が未確定であることは、計算複雑性的にも、また統計物理における”フラストレーション”概念の理解にとっても重要である。モンテカルロ法における多項式時間緩和(fast-mixing)は配位空間における広義凸性と解釈でき、凸性を介したフラストレーション定義の可能性が開けるためである。本セミナーでは、我々が最近得たHeisenberg模型に対するQMCのfast-mixingを部分的に証明した結果[3]を紹介する。技術的詳細に立ち入るよりも、QMCの基本構造やfast-mixing証明の直感的理解に重点を置き、背景と要点を整理して説明する。我々の証明は、二部グラフの片方の副格子が O(logN) 個しか頂点を持たない場合に限られるが、これはMarshall-Lieb-Mattis定理により厳密対角化可能な領域(副格子サイズ O(1))より広く、さらにこれを線形 O(N) に拡張できれば本問題は完全解決となる。
また、本問題の肯定的解決が持つ物理的含意についても議論する。たとえば、一般の二部グラフにおいてfast-mixingが成立すれば、対応するHeisenberg模型ではVBS相や不連続相転移が起きないこと、さらに動的臨界指数に対する上界が導かれることがわかる。逆に、Heisenberg模型をk体相互作用に拡張したJQ模型やSU(α)対称に拡張した場合ではVBS相や一次相転移が存在することが知られており、これらはkやαに依存しないfast-mixing証明の不可能性を示唆している。さらに、Heisenberg模型の相互作用 XX+YY+ZZ からZZ項のみを除いたXY模型については、完全マッチング問題への帰着により多項式時間近似が可能であることが知られており[4]、この証明がworm-QMCのfast-mixingとして再解釈できるという結果も得られており、横磁場を加えた上でのfast-mixing証明も可能となった[5]。この新しい理解は、より一般的なfast-mixing問題、特にHeisenberg模型への応用に向けた有力な手がかりを与えると考えている。最後に、XY模型のfast-mixingがfree-fermionと等価な可積分構造(matchgate回路)に支えられているのに対し、Heisenberg模型ではYang-Baxter方程式に基づくより複雑な代数的可積分性に支えられている点に注目したい。これらの代数構造がQMCの緩和時間にどのように影響しているかを理解することが本質的な突破口となる可能性があり、議論できれば幸いである。
[1] B. Zhao, J. Takahashi, A. W. Sandvik, PRL 125, 257204 (2020); J. Takahashi & A. W. Sandvik, PRR 2, 033459 (2020); J. Takahashi et al., arXiv:2405.06607 など.
[2] S. Gharibian; ACM SIGACT News Guest Column, 54 (4), 54 (2024).
[3] J. Takahashi, S. Slezak, E. Crosson; arXiv:2411.01452, Talk at QIP 2025.
[4] S. Bravyi & D. Gosset, PRL 119, 100503 (2017).
[5] C. Rayudu & J. Takahashi, in preparation.

詳細

日付:
5月 23日
時間:
13:15 - 14:15

会場

東京大学駒場キャンパス