Emergence of Compact Disordered Phase
in a Polmer Potts Model
Emergence of compact disordered phase in a polymer Potts model
Ryo Nakanishi and Koji Hukushima
Phys. Rev. E 109, 014405 – Published 29 January 2024
https://doi-org.utokyo.idm.oclc.org/10.1103/PhysRevE.109.014405
最近になってクロマチンの凝縮状態を表す統計力学モデルとしてポリマーポッツモデルが提案され研究されています。この論文は、中西くんが行ったポリマーポッツモデルの相転移に関する研究です。私自身は高分子については基本的な教科書、土井先生の昔の方やde Gennesを読んだくらいで深くは知らないし、クロマチンもヒストンもどっち向いてるか全く知らない状態で、おおよそ一年くらいかけて中西くんにレクチャーしてもらってきました。最近の論文もたくさん解説してもらって、本当に勉強になりました。H3K27me3とか見てもまったくビビらなくなりました。そして、その中で生まれたのがこの研究です。それほど飛び道具はないのですが、統計物理学の視点できちんと示せることは示して、とても気持ちのよい論文です。例によって、論文の内容というよりは、その少し周辺を解説します。
ポリマーポッツモデルは、高分子のモノマーに内部状態としてポッツ変数を持ち、その内部自由度に依存してモノマー間の相互作用が決まるとする統計力学モデルです。引力相互作用があれば、高温では広がったコイル状態が安定で、低温ではコンパクトなグロビュール状態に凝縮し、ある温度でコイルーグロビュール転移があることは古くから知られていましたが、内部状態があるとどうなりますか?というのがここでの問題です。クロマチンを考えると、ヒストンの修飾状態は複数あり、同じ修飾状態には結合分子を介して有効的な引力が生じることが知られています。この修飾状態を内部状態として取り込んだのがポリマーポッツモデルと考えられます。ここでは、内部自由度に、2つの修飾状態に加えて1つの中性状態を含んだ3状態を考えました。3状態ポッツスピンがポリマーの上に乗っかっていることになります。ただし、修飾状態の対称性を仮定するとS=1イジングと表す方が自然で、スピン系で言えばBlume-Capel modelというのがよいかもしれません。
この模型を格子上に定義して、まずは平均場近似で解くことを考えます。格子上での模型に対する平均場解析はいろいろ手が動きます。このあたりのスピン系の取り扱いは先行研究ではごちゃごちゃしてて、あんまりよくないのですが、我々の研究ではハバスト二発できれいに解いています。むしろ大事なのは高分子系の取り扱いで、ここはT. Garel, H. Orland & E. Orlandiniの先行研究に従っています。その論文ではクロマチンとか関係なしに、磁性ポリマーのモデルとして内部自由度が2のイジング変数の場合を調べています。そして、高分子の取り扱いはハミルトン経路だけに限定して、密度ρで薄めるという近似です。これがよいかどうかはわからないですが、平均場近似的ではあるし、できることはこれかなと言う気もします。後は解くだけなのですが、中西モデルの3状態は2つの修飾状態にかける化学ポテンシャルを無限大にすると、正確に彼らのポリマーイジングモデルと一致するはずです、ね。ところがですね、これが一致しない。我々の理論には彼らの相図にはない変な相(スピン系は乱れたままコンパクトな相)が出現したのです。ちょっと上にも書いたように他の先行研究とか結構いい加減だったので、我々の計算が間違ってるんじゃなくて彼らのが間違ってるんじゃないかと疑ってて、何度計算しても間違っていないし、間違えようがないし…とこんな感じでしばらく悶々としていました。極限でモデルも一致しているし…。
でも、間違えていたのは我々でした。正確に言えば、モデルが一致していることを確認したのはスピン系の主要部分だけで、スピン系のエネルギーの原点を見逃していました。あるとき、中西くんが指摘してきて、「だから、そういう項はエネルギーの原点を変えるだけなんで、物理は変えないですよー」と反論したのですが…そうではなくて、高分子系との結合エネルギーが関係するので、原点をどこに置くのがとても大事で、そこが彼らのモデルと整合しないところでした。逆に言えば、彼らも意識していないかったと思うし、ある意味で適当に決めたモデルを研究していたことになります、きっと。このエネルギーの原点を変化するとスピン系と高分子系でどこでエネルギー利得をすればよいかは変わります。つまり、低温で出てくる凝縮状態に影響するわけです。言われてみれば、極めて当たり前で、最初に気づけよーと思うかもしれないですが、気づかないんですよね。というわけで、この影響を考えると、スピン系は乱れたままでグロビュール状態になるコンパクト相の安定条件がわかります。それを論文のタイトルにしました。
さらに、これを連続空間での分子動力学シミュレーションも行っています。ここで改めて連続空間上でのモデルの相互作用について悩むところですが、かなり自然な設定がされています。上述のエネルギーの原点をどのように取り入れるかはLJポテンシャルの深さで調整するようにしています。私にはまったく勘の働かないところでしたが、中西くんがうまく考案して、MD計算しました。あまり目立たないのですが、この計算にAnnealed Important Samplingがこっそり使われています(みんなSimulated Annealingしかしないので平衡量の計算になっていないのですが、ちょっと一手間かければほぼ同じ計算量で平衡量になります)。とにかく、格子模型でも連続空間でも存在するのだから、普遍的に存在する熱力学相なんだろうと思います。
さて、これがクロマチンにどう効いているかは正直よくわかっていないです。修飾状態の対称性を下げるとか、それぞれの化学ポテンシャルを変えてみるとか、明らかにすべきことはたくさんあって、その中に生物的な意義を見出すように知見を深めるのがこっち側からできることと思っています。