西川くんの格子ガラス論文が公開!

格子ガラスの統計力学

フランス・モンペリエ大でPDをしている西川君の論文が公開されました.
Yoshihiko Nishikawa and Koji Hukushima
“Lattice Glass Model in Three Spatial Dimensions”
Phys. Rev. Lett. 125, 065501 – Published 5 August 2020
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.065501

ガラスは汚い固体なのか?それとも,ネバネバした液体なのか?

一見,何を問いにしているのかわからない疑問かもしれない.日常で目にするガラスはカチカチの固体であって,おおよそ液体には見えない.しかし,原子スケールの目をもってガラスの詳細をみると,結晶のようなきれいな固体ではないことがわかる.ふと「カチカチ」の固体はどのように定義されるだろうかと考えてみると,謎が深まる.理系の大学生ならば,液体や気体にはない固体特有の性質は思いつくだろうが,もっとも素朴には「固まっているもの=固体」だろう.しかし,この「固まっている」は曲者である.そこには観測者が暗に仮定されていて,その観測者にとって動いていないと判断すれば「固まっている」ことになるだろう.現在のガラスの判断は大雑把に言えば,この考え方に基づくことが多い.じーと見てたけど,動いていないから,固まっているわけである.本当はじわじわ動いているけど,見てる時間では動いているようには見えない.この意味では,ガラスは非常にネバネバした液体かもしれない.原子スケールでみると,液体のようにもみえるわけである.でも,本当に固まっている可能性だってまだあるだろう.結晶のようにきれいに原子は配列していないが,ガラスとは真に液体とは異なる固体,つまり汚い固体である...とする説である.

改めて最初の問いに戻ると,汚い固体とネバネバ液体の区別をしようと考える.これは非常に難しい.例えば,一日の観測で動かなくて「固体」と判断しても,一ヶ月待てばゆっくりと動くかもしれない.いや,一年,千年かかるかもしれない.そういえば,エジプトで見つかったガラスは重力に引かれて下の方が肉厚になっているらしいなどとネバネバ説を支持しそうになる千年スケールの観測もあるにはある.そもそも「汚い固体」など存在するものかな?とか,たとえ存在したとしても観測不可能ならば自然科学の対象にならないか...とも思う.

もう少し粘って考えてみる.もし仮に「汚い固体」が存在するとする.そのときには液体との間に明確な相転移が存在すべきである.相転移は熱力学的な異常として観測されるはずである.このような考え方にもとづくガラスは熱力学ガラスと呼ばれる(研究者の間で定着しているわけではないかも).この熱力学ガラスと熱力学ガラス転移を探しに行こう!というのが,この研究課題である.我々が最初ではなく,これまでに幾つかの研究はあるが,今回の我々の成果は,

三次元空間で熱力学ガラスのような振る舞いをする格子模型を構成した

ことにある.世の中のガラスが「汚い固体」であると主張するにはまだまだ激しく遠いが,我々の住んでいる三次元空間にも熱力学ガラスは存在してもよい希望を与えている.希望という言い方は悪いねー.別に熱力学ガラスを欲しているわけではないので,存在するとする目が皆無ではないというのが正しい主張である.

相転移論では「三次元空間」がとても大事である.大学では熱力学や統計力学の中で相転移については学ぶだろう.統計力学では平均場近似や平均場模型などの平均場理論を扱うことが多い.それらは,いわば空間次元が無限大の極限の理論ということができる.その平均場理論が果たして,「三次元空間」での相転移現象を正しく説明するかが興味のあるところである.ガラス転移の理論は難しく,平均場理論の構築も必ずしも完全とは言えない状況であるが,それでも熱力学ガラスを示唆する結果がほぼ固まりつつある.2000年代に入り,スピングラス理論から展開された経緯が大きいと思う.平均場理論ができれば次に「三次元空間」ではどうなっているかは当然問われるべき問題に思うが,なかなかに進まなかった.適切な模型が見当たらないわけである.平均場理論ができているのであれば,おかしな話に聞こえるかもしれないが,そこが完全とは言い切れないと考えるところでもある.

ここまでが,この論文の背景の解説である.さて,この論文の真にすごいところは...ちょっと休憩.